入社試験も厳し過ぎると逆効果
先日、とっても尊敬しているある科学者が、こんなことを言っていた。
「いやー、実を言うとオレ、Google受けたけど落ちたんだよね」
マジで!?なんで落ちたの?と聞くと、なんか試験が難し過ぎたらしい。
専門分野で数々の実績を持ち、多様な企業で研究者として活躍して来た人でも、Googleの試験は難し過ぎて落ちてしまったようなのだ。
試験の内容を聞くと、かなり純粋に数学的、アルゴリズミックな問題を即興で解け、というものだったらしく、聞いた感じではたぶん僕ならやる前に投げ出してしまうようなものだ。
んで、確かにその試験をパスするような人はGoogleの求める知的水準を持ち合わせているだろうけど、どちらかというとパラメータが全部数学に割り振られているような人を欲しいわけだ。
しかし、そういう試験を課した結果、組織の多様性が喪われ、みんな似たようなことしか考えられないような会社になっていないか?
さんざん待たされた挙げ句、でてきたものがCometの焼き直しだったり、結局、主要なサービスはだいたい買収して来たものを仕立て直したものだったり、Googleに足りないのは純粋にクリエイティビティの部分だと思うが、あくまで数学的な発想しか持たない人を中心に集めても、多様性のない均一な数万人の数学者が、本当にユーザのライフスタイルを変えるようなサービスを作って行けると思っているのだろうか。
それに比べると、一昔前のマイクロソフトのように「なにか一芸あって面白そうなら担当者の独断で誰でも採用」という基準の方が、面白い人を一杯集められたし、それがマイクロソフトという会社に後づけとはいえ「偉大な会社」という印象を与えたと思う。
少なくともそういう環境でなければ、DirectXみたいなゲリラプロジェクトは生まれなかっただろうし、Xbox360のいまの成功にも繋がっていなかったと思う。
Googleが検索以外にたいした成果を出せていないのはそういう、「面白い人」を集める機能が不足していて、本当に面白いことができる人をスポイルしているからじゃないのかなあ。
そういう意味でAndroidもそうだけど、Googleが音頭をとるプラットフォームでまともにビジネスを構築しようという気になかなかならない。
AndroidMarketとかね。AppStoreに比べて完全に無視されているに近い状態だよね。